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神明神社 四条烏丸からすぐ、街中で町の人が守る神社へ。

神明神社 概要

 

名称 神明神社(しんめいじんじゃ) 創建 平安時代(詳細不明)
主祭神 天照大神、菅原道真公
境内社/摂社・末社 不明(五社)
主なご利益 厄除け、火除け
所在地 京都府京都市下京区神明町
最寄りの公共交通機関 京都市営地下鉄 四条駅 / 阪急電車 京都線 烏丸駅 → 2〜5分(出口によります。)
京都市営バス 四条烏丸 → 2〜5分

 

京都のメイン通りの一本南

 

京都一番の商業地、四条烏丸-四条河原町。この通りの一本南の綾小路通沿いに小さな神社があります。神明神社です。西行き一方通行の通りですが、昔から四条通りの抜け道として使う人やタクシーが多く通る上、一時停車をしている商用車も多いため、この辺りは朝から晩まで混雑しているイメージがあります。

まずは正面から。鳥居に隠れて居ますが、門の左側に「文子天満宮」と書かれた木札が貼られています。社殿前と鳥居横に札が建てられていますが、京都市設置のいつもの駒札は鳥居の横に建てられたもの。

 

神明神社正面 20180527

神明神社正面 20180527

神明神社 駒札 20180527

神明神社 駒札 20180527

 

神明神社 鳥居の中へ。

 

鳥居を潜ると右手に手水舎があります。普通の蛇口の手水舎ですが、下にはちゃんと「洗心」と書かれた手水鉢が置かれています。神社の手水舎で蛇口と言うのは、逆に斬新で清潔な気がします。

当地は平安時代末期、近衛天皇がしばしば皇居としたと伝わる藤原忠通の屋敷跡で、「四条内裏」または「四条東洞院内裡」と呼ばれた、この邸内にあった鎮守の社が神明神社である。
(中略)
その後、天台宗の護国山立願寺円光院という寺によって管理されていたが、明治初期の神仏分離令によって神社だけが残され、それ以来、神明町が管理を行っている。榎の大木があったので「榎神明」とも呼ばれた。

また、当社には豊園(ほうえん)小学校内(現在の洛央小学校)に祀られている文子天満宮の祭神が戦後、合祀されている。

出典:wikipedia-神明神社(京都市下京区)

 

平安時代からこの地にあるというこの神明神社。歴史の古さだけではなく、町内により管理されていることなどから、以下に大切に扱われてきたか?がわかります。また、入り口に「文子天満宮」と書かれた木札が貼り付けられていたのは、合祀されたからだということがわかります。

この神明神社は榎とは縁が深いわけですが、社殿を囲う柵と屋根の鬼瓦と軒瓦に桜が描かれていました。社紋かなぁ?と思いながら拝見。

 

神明神社 20180527

神明神社 20180527

 

社殿の前には謡曲「鵺(ぬえ)」と神明神社の関係が説明されていました。そして、それにまつわるやじりの写真が、拝所の中に掲げられていました。

社伝によると、近衛天皇の時代、頭は猿、尾は蛇、手足は虎の「鵺(ぬえ)」という怪鳥が毎夜、空に現れ都を騒がせた。弓の名手であったという源頼政は退治の命を受け、当社に祈願をこめた後、見事に鵺を退治した。この時使われた弓矢の「やじり」2本が宝物として伝わっており、今でも祭礼の時に飾られる。

出典:wikipedia-神明神社(京都市下京区)

 

この謡曲史跡保存会の駒札は、泉涌寺の舎利殿や金札宮、貴船神社、北野天満宮横の観音寺など、多くの寺社で見かけられます。

 

謡曲史跡保存会 「鵺」と神明神社

謡曲史跡保存会 「鵺」と神明神社

神明神社 鵺退治の絵馬

神明神社 鵺退治の絵馬

神明神社 宝物 弓矢の矢じり(2本)の写真

神明神社 宝物 弓矢の矢じり(2本)の写真

 

拝所と本殿の間に、西向きに五社が祀られていますが、こちらに関しては詳細がわかりませんでした。由緒略記にも記載が見当たらないため、詳細は誰もわからないのかもしれません。

 

神明神社 本殿前の境内社 五社

神明神社 本殿前の境内社 五社

神明神社 20190108

神明神社 20190108

 

境内は狭く、また社殿は柵で囲まれているために、あまりゆっくりとお詣りするという雰囲気ではありませんが、何度訪れてもしっかり手入れされている感じがする、神明神社です。

神明神社(京都市下京区)の御朱印

 

神明神社は無人の神社ですが、由緒略記と御朱印が用意されています。御朱印は以前は志納でしたが、現在はお賽銭箱に300円を入れてください、と書かれています。金額を明記されている方が迷わずに済むので助かります。また、参拝日は各自で書いてください、とも書かれていて、御朱印は日付が空白の状態で置かれています。

隣に置かれている由緒略記は無料で頂けますが、用意したり補充したり…維持するのも大変なことだなぁ、と。神明神社を守る方々の御好意に感謝です。

実は最初に訪れた時、御朱印が全部貰われて空の状態でした。街中なので、気軽に訪れる人が多いのかもしれません。「あぁ、またお詣りしなさいということだな…」と思い、再訪させて頂き、御朱印をいただくことが出来ました。

 

神明神社 御朱印入れ 20190108

神明神社 御朱印入れ 20190108

神明神社 御朱印と由緒書き

神明神社 御朱印と由緒略記

 

一本北の四条通りには大丸百貨店があり、一本南の通りには佛光寺、更に二本南の通りには因幡薬師(平等寺)があるこの辺り。街中でビジネス街で呉服屋街です。

佛光寺 通りの名にもなったお寺
街中なのに整然とした雰囲気の境内と、重厚な雰囲気の阿弥陀堂と大師堂。その重厚さとは裏腹に、お堂の中は驚くほどの煌びやかさでした。カフェやショップが境内にあり新旧入り交じった佛光寺は、気軽に立ち寄れる立地も魅力的。
平等寺(因幡薬師) 頭に頭巾を置かれたお薬師様。
京都の街中、四条烏丸から徒歩数分で行ける因幡薬師(平等寺/因幡堂)。甲子の日(きのえねのひ)限定で公開される大黒天様に会いに。2016年の秋の京都非公開文化財特別公開の拝観の時の話も。【追記】洛陽三十三観音巡礼の御朱印と子年に用意された御朱印帳を追加しました。

2000年代始めの頃は半分近く民家だった印象があるのですが、小洒落たお店や宿泊施設ばかりになってきました。徒歩3分ほどの所に住んで居た私としては、昔の面影がどんどん減りつつある風景に、少し戸惑いを覚えます。

 

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