緊急事態宣言解除後の対応について。

新型コロナウイルスによる緊急事態宣言解除後、少しずつ寺社への拝観受付が再開されています。但し、規模を縮小していたり京都府民に限定されていたりと対応はそれぞれです。最新の情報をご確認ください。

詳細はこちら【外部サイト:京都観光Navi】

本能寺 場所は変われどあの本能寺。

本能寺 概要

名称本能寺(ほんのうじ)山号
御本尊本門八品上行所伝の
南無妙法蓮華経
脇侍/安置仏不明
開基小袖屋宗句宗派法華宗本門流
札所洛中法華21ヶ寺
所在地京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522
最寄りの公共交通機関京都市営地下鉄 東西線 市役所前駅 → 徒歩約3分
京阪電車 三条 → 徒歩約8分
京都市営バス 河原町三条 → 徒歩約1〜3分
拝観時間等6:00〜17:00拝観料(通常)境内 無料
大寶殿拝観時間(通常)9:00〜17:00(入館受付 16:30まで)
大寶殿宝物館(通常)一般 500円 / 中・高校生 300円 / 小学生 250円
修学旅行生・身障者 200円

寺町通のアーケードから伺える、本能寺

 

京都市中京区にある、本能寺。本能寺は四条から御池通まで続く寺町通りの商店街のアーケードから向かうことができる、雨の日でも参拝しやすいお寺です。この本能寺は小学校の社会で習う「本能寺の変」の本能寺。「本能寺の変」が起こった時とは場所が変わっていますが、現在でも京都市の街中に息づいています。

 

寺町通側にある山門。山門前から既に色々と詰まっています。

本能寺 山門 20200205

本能寺 山門 20200205

 

山門に向かって右側に日蓮上人の石像。日蓮上人が説いたと言われる「立正安国(論)」と書かれた台座の上に立たれているため、日蓮上人を見上げる形になります。

本能寺 山門 日蓮上人像 20200205

本能寺 山門 日蓮上人像 20200205

 

日蓮上人像の横辺りに、京都市設置の駒札。

本能寺 駒札 20200205

本能寺 駒札 20200205

最近よく出会っている気がする、朝鮮通信使ゆかりの地の駒札もありました。

本能寺 通信使駒札 20200205

本能寺 通信使駒札 20200205

 

山門の左側には寺名が彫られた石柱と、「贈正一位織田信長公御廟所」と彫られた石柱。「廟所」とは、お墓やみたまを祀った場所のこと。移転したとは言え、本能寺と織田信長の深い繋がりを感じます。

本能寺 山門 20200205

本能寺 山門前 20200205

 

山門のすぐ近くに、由緒沿革が建てられていて、こちらでは宗派の話から本能寺の変、移転のことまで…ギュッと詰まった内容。

本能寺 由緒沿革 20200205

本能寺 由緒沿革 20200205

 

本能寺 境内の様子

 

境内を入ってすぐ右手には大きな大寶殿、左手(北側)には立体駐車場があります。大寶殿はビル、そして立体駐車場という現代的な建物のお出迎えとなっていますが、山門前から既に正面から少しずれたところに本堂が見えています。北側は立体駐車場→ホテル本能寺と続いており、大通りである御池通から本能寺を隠しているようです。大寶殿前辺りに本能寺の「ここだけは見ておいて欲しいポイント」を紹介した用紙が置かれていたので一枚いただき、参考にしながらの参拝です。

本能寺 境内図 20200205

本能寺 境内図 20200205

 

この本堂へと続く石畳に対して参道が斜めに派生している感じ、「南無妙法蓮華経」系のお寺に多い気がしているのは、私だけでしょうか?

そんな本堂には長いスロープが用意されているので、車椅子や押し車の方でも比較的お詣りしやすいかと。この日は本堂に上がらせて頂いて良いのかどうかわからず、そのまま外からお詣りさせていただきました。

本能寺 本堂 20200205

本能寺 本堂 20200205

 

境内の右側(南側)には綺麗に塔頭寺院が並んでいるのですが、この日はどうやらお子様方の帰宅時間だったようで、山門を自由に出入りしながらお子様方が走り回っていました。

本能寺 塔頭 20200205

本能寺 塔頭 20200205

 

そんな塔頭の様子を見ながら、本堂裏手の信長公廟へ。本能寺の信長公廟には遺体や遺髪ではなく、信長公が所持していた太刀が納められている、と聞いたことがあります。本能寺の変では信長公の御遺体は見当たらなかった、というのは有名な話なので、納得です。

本能寺 信長公廟 20200205

本能寺 信長公廟 20200205

 

信長公廟と並ぶように東側には供養塔や石塔が並んでいますが、基本的にお墓や供養塔は余り撮影したくないので割愛です。

本能寺 境内供養塔説明 20200205

本能寺 境内供養塔説明 20200205

 

そのまま信長公廟の横を東に向かうと、すぐに河原町通沿いの入り口に。この「本能寺」の入り口の文字、現在一般的に使われている「能」という字とは違い、逸話があるそう。

本能寺は1415年から1432年までは「本応寺」と寺名を使い、1433年から現在まで「本能寺」を使用している。

その理由は「本門八品相応能弘之寺」の言葉より本応寺・本能寺という寺名にした。

また現在能という字を替えて使用しているが、これは五度も火災に遭遇したので匕(火)を嫌い の字に替えたものである。

出典:本能寺公式サイト 本能寺について

言われてみれば、確かに「ヒ」ではなく、土を重ねたかのような文字が使われているのがわかります。ですが、言われなければ書体の違いかな?位で、気がつかないかもしれません。

本能寺 河原町通側 入口 20200205

本能寺 河原町通側 入口 20200205

 

ちなみに、河原町通から入るとこんな感じ↓。河原町三条のバス停からすぐなので、結構混雑していることが多いです。

本能寺 河原町通側から 20200205

本能寺 河原町通側から 20200205

本能寺 御朱印

 

本能寺で頂いた御朱印。御朱印は大寶殿宝物館と同じ建物ですが、本堂と向かい合う場所に入口があります。この日はイベントの織田信長・明智光秀のパネルがお出迎えしてくれましたが、とうとう髷を結うことさえされなくなったのね…となかなか感慨深いパネルでした。

本能寺 御朱印所 20200205

本能寺 御朱印所 20200205

 

「御朱印お願いします」とだけ伝えたところ、こちらの「妙法」を頂きました。公式サイトではお題目も紹介されているので、そちらが欲しい方はその旨を伝えた方が良いかもしれません。わかりにくいですが、しっかりと朱印で「信長」とあるのが見えます。

本能寺 御朱印 20200205

本能寺 御朱印 20200205

 

御朱印を頂いている間、置かれていた案内などを読んでいたのですが、現本能寺から本能寺跡までの地図なども置かれていました。さほど遠い距離ではない上、錦市場などを通れば観光しながら向かうことができるので、お時間があればぜひ。

明智殿の方が出生地とされる場所が近いからなのかなんなのか、過去数十回は前を通っていたのに未参拝だった、本能寺。密かにこのブログを立ち上げてからも何度も門前は通っていました。そして、今回も何となく「そそくさ」とお暇してしまった、本能寺。

もう一度出向いて、しっかりとお詣りしたいと思います。

ちなみに。本能寺の河原町通側の入口の北のお店、私が若い頃から京都の若い女性に人気で、webshopまでできている、有名なお店です。

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