・御神体は珍しい駒形(馬の首の彫物)
・乙訓鎮座神社巡りの1社。
綾戸國中神社 概要
名称 | 綾戸國中神社 (あやとくなかじんじゃ) |
創建 | 詳細不明 |
主祭神 | 【綾戸神社】大綾津日神・大直日神・神直日神 【國中神社】素盞嗚尊 |
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境内社/摂社・末社 | ー | ||
主なご利益 | 厄災避け(上久世の産土神/上久世の産土神)、(競馬馬の)必勝祈願 | ||
所在地 | 京都府京都市南区久世上久世町446 | ||
最寄りの公共交通機関 | JR東海道本線(京都線)桂川 → 徒歩約6分 阪急京都線 洛西口駅 → 徒歩約15分 京都市営バス 久世橋西詰 → 徒歩約5分 |
主要道路沿いにある綾戸國中神社。
京都市南区にある、綾戸國中神社。綾戸國中神社は京都と大阪を結ぶ主要道路の国道171号線上久世交差点を西に進んだ所にあります。西国街道山崎通と呼ばれた道の府道207号線からもすぐ。更には境内の西を新幹線の高架が走るという、今も昔も主要道路(交通機関)の近くに鎮座すしていると言えます。
京都市内の中心部に鎮座しているわけではない綾戸國中神社ですが、日本三大祭の一つである祇園祭と非常に深い関わりをもつ神社。鳥居の前の駒札には、以下の内容が書かれていました。
「國中社は素盞鳴尊の荒御魂なり。八坂郷祗園社は素盞鳴尊の和御魂なり。依って一体にして二神,二神にして一体で神秘の極みなり。」と古文書に記され,「御神幸の七月十七日に訓世の駒形稚児の到着なくば,御神輿は八坂神社から一歩も動かすことならぬ。若し此の駒故なくしてお滞りあるときは,必ず疫病流行し人々大いに悩む。」とも伝えられている。駒形を奉持することで稚児は神そのものとされ,神幸祭,還幸祭では中御座神輿の先導をつとめる。
出典:綾戸國中神社 鳥居前の駒札
駒札に書かれているお稚児さんは「久世駒形稚児」と呼ばれ、祇園祭の際には御神体を模した駒形を首から下げ、八坂神社の境内に騎乗したまま参内します。毎年巡行の順番が変わる祇園祭の中でくじとらずで先頭を行き、生稚児が乗る唯一の鉾である長刀鉾のお稚児さんでさえ、八坂神社の境内では馬から降り人の肩に担がれて移動をすることを考えると、この地区から選ばれるお稚児さん達がどれほど重要な役割を果たしているのか?を伺い知ることが出来ます。
綾戸國中神社 境内の様子。
綾戸國中神社は京都の市街地からは離れた所にあるため、比較的静かな雰囲気です。鳥居から本殿までは石畳が敷かれ、綺麗に整備されていました。左手に手水舎、右手は桜と子供が遊べる遊具が置かれていました。
綾戸國中神社には全国でも唯一とされる事が二つある。國中社の御神体が駒形であること。また新幹線開通のため移転を余議なくされたことである。
もしかしたら、新幹線が開通する前はもう少し真っ直ぐな参道だったのかも知れません。
手水舎。市街地から離れると時々お水が流されていない神社に出会うのですが、綾戸國中神社の手水鉢には新鮮な水が流れていました。
正面から拝殿を。間が土間になっている上にその間を通り抜けることができるので、割拝殿の定義に当てはまっています。乙訓鎮座神社巡りに名を連ねる神社は割拝殿が多い、とどこかで聞いた覚えがありますが、綾戸國中神社もその一つに当てはまります。
綾戸國中神社の本殿前に掲げられた社号の額。左右に綺麗に二つの名前が掲げられています。そのため、鈴も鈴緒も二つ並んでいました。
昔は綾戸宮と國中宮の二社であったが、現在では合祀され、左に綾戸宮が、右に國中宮が鎮座されている。社伝によれば、第二十六代継体天皇の御代には大堰川(桂川)七瀬の祓神として大井社と称し第六十二代村上天皇天暦九年(965年)綾戸社に改称され、社号の額は第七十代後冷泉帝の御震筆と伝えられている。
さて、綾戸國中神社の御神体は駒形なのですが、その由来は公式サイトで説明されていました。
その昔、神代の頃素盞鳴尊が山城の地西の岡訓世の郷がまだ一面湖水の時、天から降り給い、水を切り流し、土地を開き、広々とした平野とされた。
そして、その國の中心と思われる所に、「符」を遣わし給うた。その「符」とは尊の愛馬天幸駒の頭を自ら彫刻して、新羅に渡海する前に形見として遣わし給うたのである。
古事記や日本書紀と言った時代の話なので当時のものが現存しているのか?と言われてしまうと首を傾げてしまいますが、それくらい古くから御神体とされていると言うことなのかも知れません。
本殿は一間社流造。本殿前の狛犬さんたちはよくいらっしゃる狛犬さんたちなのですが、扉の前の狛犬さんがすごく気になりました。おかっぱと言うか、兜を被ったようなとでも言うような毛並みだったのですが、近寄れない為にじっくり見ることができず…。現地でじっくり見て貰いたい狛犬さんたち。
参拝を終え、社務所に向かおうとした時、木の根元に気になる人形が置かれていました。いつからそこに居るのか?なぜそのまま置かれて居るのか?はわかりませんが、色褪せていても、愛嬌の良さがわかる人形でした。
綾戸國中神社の御朱印
綾戸國中神社の御朱印は社務所でいただくのですが、社務所は綾戸國中神社の境内の中には見当たりません。一旦南側の鳥居から出て、西側の新幹線の高架を潜ったところに小さな縦の看板が上げられています。看板が見当たらなくても、新幹線の高架の向こう側と覚えておけばたどり着けると思います。
社務所では綾戸國中神社の御朱印の他に、綾戸國中神社のお守りやお札などの授与品も扱われています。また綾戸國中神社の御朱印だけではなく、乙訓鎮座神社巡りに名を連ねる神社の中で南区に鎮座している神社(嚴嶌神社・木下神社・菱妻神社(南区))の御朱印もいただくことが出来ます。私は四社分頂いてから全てに参拝したのですが、道案内や嚴嶌神社の表参道を教えていただくなど、とても親切にご対応いただきました。順番としては逆になってしまいますが、先に綾戸國中神社で残りの三社分の御朱印を頂いてから参拝に出向いたた方が、色々教えて頂くきっかけとなるのかもしれません。
社務所で御朱印を頂いた際、授与品と一緒に扱われていた御神体を模したと言われる絵馬と同じ馬が描かれた、お干菓子。お菓子自体にご利益があるかどうかは不明ですが、記念に購入。和三盆駒形干菓子の名の通り和三盆が使われており、優しい美味しさでした。
四社分の御朱印を一度で頂ける綾戸國中神社。参拝せずに御朱印を頂いたら、その足で残りの嚴嶌神社・木下神社・菱妻神社(南区)にも出向いてみせください。



それぞれ独特の雰囲気があるのがとても興味深いです。
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