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高辻通りと松原通り-例えばこんな、下京散策-

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上ル、下ル、西入る、東入る

 

京都は碁盤の目、というような言葉を聞いたことがありますか?

京都の市街地は、延暦13年(西暦794年)、桓武天皇が行った平安京への遷都にまで遡ります。その後、西側の湿地帯だった辺りや東山近辺など徐々に広がり、その後遍歴を経ながらも過去の形を残しつつ現在の形になっている、古い都市です。

京都市の市街地は、昔ながらの東西に走る通りと南北に走る通りで構成された碁盤の目状の通りが現在でも残って居て、ほとんどの通りが直角に交差している、わかっていればわかりやすく、わからなければグルグル回ってしまうこともあるような作りになっています。特に自動車で走る場合、道幅の狭い片側一方通行の道も非常に多いので、一度間違えるとぐるりと回ってくることになってしまいがちです。

そんな京都で私が最初にわかりにくかったのが、上ル(あがる)、下ル(さがる)、西入る(にしいる)、東入る(ひがしいる)と書かれた京都の住所。これは、その上ル・下ル・西入る・東入ると書かれている直前の場所を起点として東西南北のそれぞれに向かうという意味です。

 

Tips!

上ル(あがる)→(北)北に向かう 下ル(さがる)→(南)南に向かう
西入る(にしいる)→西に向かう 東入る(ひがしいる)→東に向かう

 

これは直前に書かれた場所で交差点をスポット的に指定しているので非常にわかりやすいのですが、その地点での東西南北を理解していなければ近くまで来て入るのに逆に向いて進んでしまうことになりかねません。しっかりと地図が頭に入っている場合は別ですが、何らかのランドマークを軸にして東西南北を考えると、迷うことは少ないでしょう。

また、一条通り、二条通りという東西に走る通り名が一から十までありますが、数が少ないほど北にある通りになります。

この、起点となる「上ル・下ル・西入る・東入る」の直前に書かれた場所は、通りと通りの交差点であることが殆どなのですが、「通り」が省略されている場合もあります。

例えば、東西に走る四条(しじょう)通りと南北に走る烏丸(からすま)通りが交差した交差点は、四条烏丸(しじょうからすま)と呼ばれています。四条烏丸の場合、烏丸四条と言っても理解されますが、多くの場合四条烏丸と呼びます。東西の通り名が先で南北の通り名が後、というような決まりもないのでさらに混乱することがあるかと思いますが、慣例通りではなくとも場所は伝わります。

 

そして、上ル・下ル・西入る・東入るの後に方位が書かれて入る場合があります。これはその通りのどの辺りか?を更に指定しています。
東洞院高辻東入る北、とある場合、東洞院通りと高辻通りの交差点を東に向かった北側、ということになります。

実際の会話の中では上る、下るは「上がって」「下がって」、西入る・東入るは「西に行って」「東に行って」という形で使われます。タクシーなどで「高辻を西に行ってから烏丸通りを下がったら良いですか?」と言われたら、「高辻通りから烏丸通りを南下したらいいですか?」ということになります。

 

高辻通りと松原通りを上がったり下がったり。

 

高辻通りと松原通りは四条通りと五条通りの間にある東西に走る通りです。高辻通りからみた松原通りは、一本南の通り。烏丸通り周辺の高辻通りと松原通りを上がったり下がったりしながら東に向かうと、狭いエリアに多くの寺社仏閣や史跡があります。

それほど大きな寺社仏閣はないので、ゆっくり見て回っても、2時間とかからないのではないのでしょうか?

 

 

佛光寺 通りの名にもなったお寺
街中なのに整然とした雰囲気の境内と、重厚な雰囲気の阿弥陀堂と大師堂。その重厚さとは裏腹に、お堂の中は驚くほどの煌びやかさでした。カフェやショップが境内にあり新旧入り交じった佛光寺は、気軽に立ち寄れる立地も魅力的。

 

因幡薬師(平等寺) 頭に頭巾を置かれたお薬師様。
京都の街中、四条烏丸から徒歩数分で行ける因幡薬師(平等寺/因幡堂)。甲子の日(きのえねのひ)限定で公開される大黒天様に会いに。2016年の秋の京都非公開文化財特別公開の拝観の時の話も。

 

室町高辻西入ル北にあるのが、繁昌神社です。

繁昌神社 賑わい栄えた地にある神社
京都市下京区にある、繁昌神社。大人が5人も入れば、ギュウギュウになってしまう程の境内。昔ながらの呉服屋さんが多い場所で繁昌とは、この神社、なかなかのご利益がありそうです。通りがかりにフラリと立ち寄って来ました。

 

松原道祖神社

 

松原新町を下がった西側に、松原道祖神社があります。

松原道祖神社は社務所もない小さいな神社ですが、地区の方々に大切にされているのでしょう、いつも非常に綺麗に整えられています。

京都にはこのような小さな神社も無数に点在していて、祭神などもわかりにくいこともあるのですが、こちらの松原道祖神社は説明がなされていました。道祖神社なので、御祭神は猿田彦命様と天鈿女命様。夫婦円満にご利益のある神様として有名ですが、その他にも生活に密着したご利益があります。

御朱印は頂けませんが足を伸ばして見てはいかがでしょうか?

 

 

 親鸞聖人洛中寓居跡の石碑がある、光圓寺

 

親鸞聖人西洞院松原から三件程東に入った所にある、光圓寺。こちらは観光寺院ではありませんが、入り口に親鸞聖人洛中寓居跡の石碑と説明書きがあります。

この辺りの松原通りは商店街になっているため、歩いている人、自転車で通り抜ける人、自動車とグチャグチャと入り混じります。

また、西洞院通りが烏丸通りと堀川通りの間の唯一の2車線で、市営バスなども通る通りになっています。狭い通りの割に交通量が多い交差点なので、気をつけて散策してください。

 

親鸞聖人

 

 

西洞院松原の角にあるのは、大好きな五条天神宮。

あの人が敷地を突き抜けさせた、五条天神宮
下京区にある、五条天神宮。五条天神社とも言われています。ここ、大好きなんです。かつて広大な土地を持っていた五条天神宮を突き抜けて区画整備をしたのは、あの人!

 

道元禅師示寂の地の石碑

 

事実かどうかはさておき、京都市には1700のお寺があるけれど、曹洞宗のお寺は7件しかない、という話を聞いたことがあります(事実関係は未確認です)。

そんな京都市の中心部である新町高辻を東に行った北に、曹洞宗の開祖である道元禅師の示寂の地の石碑があります。石碑だけですが、しっかり曹洞宗の総本山である永平寺の管轄のようです。

 

道元禅師

 

道元禅師

 

そのまま高辻通りを西に行くと、菅大臣神社の高辻通り沿いの入り口の鳥居があります。

菅大臣神社 菅原道真公誕生の地、二箇所目。
菅原道真公誕生の地と言われる神社の2つ目として訪れたのは、菅大臣神社。どちらが先とかどちらで生まれた?なんてことを考えるのは野暮なこと。純粋に「へー」と楽しんで参りました。※2018年6月30日、茅の輪くぐりの茅の輪の写真、追加しました。

 

菅大臣神社から高辻通りに戻り西に進み、醒ヶ井通りを下ると、住吉神社があります。

住吉神社 眼光鋭い狛犬さんが守る神社
京都市下京区にある住吉神社。小さいながらも、和歌の守護神として大阪の住吉大社から勧請された多くの神様を祀る神社です。多くの神様に御目通り出来てラッキー♪と思ってしまった、私。そんな思いを見透かすような目をした狛犬さんたちでした。

 

それぞれの町名になっている辺り、この辺りは神社を中心にしていたことが伺えます。比較的小さな町が多いのですが、それだけ人々の思いを集めて来たのでしょう。

 

 

慣れるまでわかりにくい「上ル、下ル、西入る、東入る」。わかってしまうと非常に便利です。狭い地域で上がったり下がったりして、「上ル、下ル、西入る、東入る」を使いこなして見てください。

 

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